論文解説*
大和浩(産業医科大学産業生態科学研究所教授)
Smoke-free legislation and hospitalizations for acute coronary syndrome
J.P. Pell et al.
N Engl J Med 2008; 359 : 482 - 91 : Special Article
スコットランドでは2006年3月31日より全面禁煙法が施行された。同地区510万人の人口のうち、300万人の医療を担当する9病院で、季節を6月〜3月に統一した10ヶ月間で、ICD-10コード:I21による入院患者を対象として漏れのない調査を、プロスペクティブに、喫煙歴を確認しながら、受動喫煙の状態を問診と血中・尿中コチニンの生体試料で確認し、全面禁煙法の前後の急性冠症候群(Acute Coronary Syndrome.: ACS)の入院患者数の比較分析が行われた。全面禁煙法施行前の10ヶ月間(2005年6月〜翌年3月)のACSによる入院患者数3235人は、施行後の10ヶ月間(2006年6月〜翌年3月)には2684年には2684人で17%の減少が観察された。入院後の詳細な調査に同意した割合は、3235人中2806人(87%)、2684人中2322人(87%)で同じであった。
ACS入院数の減少:喫煙の有無による入院減少率は,喫煙者で14%減(1176→1016=160人)、元喫煙者で19%減(953→769=184人)、非喫煙者で21%減(677→537=140人)であった。結果として、元+非喫煙者によるACSの入院減少は(184+140人)÷(160+184+140人)=66.9%であった。
その他、現喫煙者におけるACS減少率の比較では、女性喫煙者は19%減で男性喫煙者の11%減よりも大きく、元+非喫煙者でも同様に女性の23%減は、男性の元+非喫煙者の18%減よりも大きかった。年齢層による検討では、中年(男性55歳以下、女性65歳以下)の現喫煙者の9%減に対し、高齢者は18%減少。中年の元+非喫煙者の8%減少に対して、高齢者は22%減少していた。
受動喫煙の減少:非喫煙者が受動喫煙を全く受けない場所は全面禁煙法の施行の前後で、自宅83→86%、職場91→92%、パブ77→96%、公共交通機関95→97%、その他の公共空間86→96%、全ての状況57→78%と受動喫煙の曝露が減少していた。血中コチニン濃度の幾何平均値も0.68→0.56ng/mlへと有意な減少(P<0.001)が確認された。元喫煙者も同様の結果であり、血中コチニンは0.71→0.57ng/mlに減少した。全面禁煙法の施行前、元+非喫煙では男女ともほぼ同じレベルの血中コチニン(0.66ng/ml)であったが、施行後は男性が38%減(0.41ng/ml)、女性は47%減(0.35ng/ml)であった(ともにP<0.001)。ACSで入院した中年患者の血中コチニンは34%減(0.90→0.59ng/ml)、高年齢層では42%減(0.62→0.36ng/ml)であった。
ACS入院患者全体の血中コチニンは、0.68→0.56ng/mlへの減少に対し、45歳以上の全人口の唾液中コチニン濃度は同時期に42%減(0.43→0.25ng/ml)であり、一般人口における減少率の方が大きかった。
ACS入院患者のうち,血中コチニン濃度0.7ng/ml以上を呈した人の割合は,42%から9%まで減少し,一般人口における減少の幅(法律施行前35%から施行後26%,P=0.02)を大きく上回っていた。
施行前後にACSで入院した現喫煙者の喫煙本数には有意差はなく、血中コチニンも152→147ng/mlで変化はなかった。しかし、この間に一般人口における喫煙者のコチニン濃度は167→103ng/mlに減少していた。
結論:全面禁煙法で受動喫煙への曝露がなくなったことによるACSの入院減少のうち67%は非+元喫煙者の発症の減少であった。現喫煙者のACS発症の減少も同様に寄与していた。
考察:本研究は、過去の同様の調査の不備な点(対象人口=患者数が少ない、入院時の診断名を用いた振り返り研究、喫煙歴と受動喫煙に関する情報の欠落などが原因で全面禁煙法によって減少したACSが受動喫煙への曝露が解消されたことの効果なのかどうかが判定できなかった、という不足点を全て補完する完全な研究である。
本研究は、FCTC第8条:受動喫煙からの保護の履行を推進する根拠となるであろう。
参考:同時期におけるイングランド全体のACSは4%しか減少していなかった(イングランドにおける全面禁煙法は2007年7月に施行)、スコットランドの過去10年間のACS減少は毎年3%、最大の減少が観察された2000年でも9%であった。ACSを発症し、入院に至らずに死亡した症例数は2005年の2202人から2006年の2080人に6%減少しており、上記の研究のACSによる入院数が減少したことは、院外死亡が増えたことが原因ではないことが述べられている。
本論文の特徴:
・ ACSの発症は、胸痛発症による緊急入院時のルーチン採血の項目、心臓由来のトロポニンで確認。
・ コチニン濃度は入院時の試料の残りからガスクロで測定。検出限界0.1ng/ml。自己申告の喫煙状況を血中コチニンでも確認し、誤分類を防止。12ng/ml以上は能動喫煙、以下は受動喫煙(非喫煙、元喫煙)と判定。
・ 全面禁煙法の施行2週間後にはバーの受動喫煙の濃度は86%減少していた。一方、児童の尿中コチニンの分析からは、家庭における受動喫煙の増加は認められず、喫煙が家庭外から家庭内に移動したのではなく、受動喫煙への曝露全体が減少したことが示唆された。このことは、スコットランドにおける非喫煙者の尿中コチニン量が42%減少(同様の措置が取られたニューヨークでは47%減少)したことからも伺われた。
*:以上をまとめるに当たり、Medical Tribuneに掲載された記事と「The New England Journal of Medicine 日本版」の2つの記事を参考にしました。