たばこの成人識別自動販売機の問題

簔輪眞澄(聖徳大学人文学部教授)・仲野暢子(禁煙教育をすすめる会代表)

 

1.未成年者喫煙禁止法

 

明治33(1900)日本が世界に先駆けて制定した「未成年者喫煙禁止法」は,20歳未満の者の喫煙を禁止し、未成年者の喫煙を黙認した親や未成年者にたばこや器具を売った者に罰金を課すことにしていました。この法律によって未成年者の通う学校の校則で喫煙が禁止され,社会的にも未成年者の喫煙は法律違反という認識が広まって、一定の効果がありました。

しかし政府は1904年以来たばこを専売とし、公社を経て民営化(1985)した後も大蔵(現財務)大臣が過半数の株を所有してたばこ会社と密着しています。流通分野(小売)についても経営に配慮し、税収のため販売促進を図る一方、近年増加し、また低年齢化する未成年者喫煙防止のための措置は講じてきませんでした。

 

2.たばこ自動販売機の出現

 

たばこ自動販売機が導入されたのは1960年代末で、70年にはすでに約6万台となりました。それから急速に全国に広がって、2000年に60万台に達し、メーカーからの無償貸与などの方針もあって、たばこ販売総額の6割を自動販売機に頼るまでになりました。未成年者喫煙禁止法に違反することは最初からわかっていたはずですが、所管する大蔵省は増え続ける自動販売機を放置しました。

たばこ自動販売機が40万台を超え、市民団体の請願を受けて未成年者喫煙の問題が国会でとりあげられるようになった平成元年(1989)にはじめて、たばこ小売販売許可条件が「自動販売機を置く場合は店舗に併設し、未成年喫煙防止上十分な管理ができること」と改正されました。しかし許可条件は既設の販売機には適用されず、その後も大蔵(現財務)省による指導や処分は行われなかったため、たばこ自動販売機は日本中の街頭に広告塔として輝き続け、未成年喫煙者の7割以上が自動販売機から買っているという実態報告が総務省から出されています総務省青少年対策本部・青少年とタバコ等に関する調査研究報告書平成13年)。全国たばこ販売協同組合連合が自主規制によって、平成8年(1996)から自動販売機の深夜11時〜翌朝5時稼動停止を行いましたが、青少年の購買防止には実効がありませんでした。

 

3.WHOたばこ規制枠組条約

 

WHOたばこ規制枠組条約」の政府間交渉が始まった平成12年(2000年)には、条約の「未成年者へのたばこ提供防止」に対応するため、日本政府は未成年者喫煙禁止法を「未成年者にたばこを売った店員だけでなく,経営者も罰せられる」と改正し、さらに平成13年(2001年)には「年齢確認その他」を行うことを義務付けるとし、通達を出しました。しかし今回も具体的な措置はなく、自動販売機についても従来と変わりませんでした。

平成17年(2005年)に発効した「WHOたばこ規制枠組条約」は未成年者の入手を防ぐため、たばこ自動販売機の禁止または厳重な規制を要求しています。そのため財務省は「製造たばこ小売販売業許可等取扱要領」を「従業員が直接その自動販売機と利用者を視認できる場所に設置すること」と改正しました。しかし小売販売許可申請受理と自動販売機設置場所の適切性その他の調査は、日本たばこ産業株式会社(JT)が行うため、条件を店舗に付設すること以外は問題にしませんでした。また以前許可された自動販売機の調査も、店舗付設についてのみ調査(JTによる)したため,改善の要請はごく僅かな台数になされただけでした(財政等審議会第8回たばこ事業分科会資料)。 

平成142002)年、162004)年に警察庁・財務省・厚生労働省が連名でメーカーと小売業者宛に「年齢確認の徹底・自動販売機の管理の徹底・従業員研修等の実施・未成年者喫煙防止の注意喚起をおこなうように」との通達を出しました。その実行を厳格に確認する措置があれば、事態が改善したかもしれませんが、それは通達だけに終わりました(カナダでは販売時に年齢確認をする技術研修を行い、合格証を出す。米国では未成年者に売っていないかどうかを抜き打ちチェックしている)。そして日本たばこ協会から成人識別機の計画が出されると、政府(財務省)と業界は識別式自動販売機導入を未成年者対策の唯一の課題として、小売業界の説得に当たってきました。

 

4.成人識別自動販売機タスポ

 

 他の国がたばこ自動販売機を禁止し、また置く場合は未成年者が入場できない場所に限っているのに対し、ドイツと日本だけは誰でも買える街頭に多数(日本62万台、ドイツ85万台)のたばこ自動販売機を設置していました(自動販売機規制各国資料参照)。それらを稼動させ続けるために両国の業界が考えたのが、カード等による成人識別機能を搭載することでした。ドイツは2007年から実行しています(他にオランダが識別式を取り入れていましたが、自販機台数がずっと少数です)。

 日本では、財務省が平成20年(2008年)7月1日以降、前記「小売販売業許可条件」の中に、「たばこ自動販売機にはすべて成人識別機能の搭載し、常時作動させること」を義務づけました。以前に許可したものも、識別機能のないものは、搭載を条件として、一定の猶予期間(08年中)に改善されなければ許可取り消しもあるということです。今回は財務省も自動販売機については「顧客が成人であることをカード等で機械が確認すること、その装置を常時作動させること」を確実に実行するよう求めています。成人識別の方法としては,タスポカード方式の他,顔認証方式や生体認証方式などのアイデアも出ていますが,財務省が「識別装置を装備したたばこ自動販売機」としてまず認定したのは、タスポカードを使う「社団法人日本たばこ協会」(日本でたばこを販売する大手たばこメーカーのグループ)が開発した機種でした。

「タスポカード」とは日本たばこ協会が発行する、たばこ自動販売機専用の成人証明ICカードで、これがなければ、200871日からは全国的に自動販売機からたばこを買うことができないとされています。用紙に住所・電話番号・氏名などを書き込み、本人の写真と本人確認ができる証明書の写しを添えて送ると、2週間程度で郵送されてくることになっています。このカードを貸与や譲渡した場合に資格を取り消す手続きは日本たばこ協会が行うそうです。大手カード会社JCBと提携して、プリペイド機能をつけることもできると発表しています(タスポ対応自販機にのみ有効)。個人情報の点で消費者としては気になる面もあります。

 

5.財務省などの予期と違った展開

 

今年3月に宮崎県と鹿児島県をパイロットエリアとして,すべてのたばこ自動販売機にカード識別機能装着が義務付けられましたが、両県でタスポが喫煙者に占める普及率は4月現在29%と26%にとどまり、全国では8%しか普及していません。手間が面倒ですぐに間に合わないこともあり、普及が遅れているので、財務省は運転免許証を差し込んで生年月日を読み取る機種(松村エンジニアリング開発)を認定すると420日発表しました。

しかし運転免許証を持っていればどの販売機でも買えるわけではありません。国内の自動販売機は約7割がメーカーからの無償貸与であり、ほとんどの販売機がタスポの取り付け準備を終えています。小売店の自己所有機は、小規模店で販売金額が少ないものが多く、他機種の導入にも新たな投資が必要なので、自動販売機の撤去や、中には廃業する店もあると聞きます。これはいわゆる「改革」、「規制緩和」の結果でもあります。喫煙者数が減り、自動販売機の維持の厳しさもあって、すでに自動販売機は平成182006)から

57万台、52万台と減る傾向にある。

 一方識別付き機種がそろっても、カード普及の先行きが危ぶまれています。日本たばこ協会や小売団体に地方自治体の協賛まで加わって大規模な宣伝をしていますが、タスポカードの普及は予期どおりに進んでいません。5月にはさらに21県に導入される予定ですが、自動販売機の売り上げが減るだけでなく、これを機会にたばこ離れにつながる可能性もあると報じる新聞もあります。実際にはコンビニ等対面販売のたばこ売り上げが激増しています(宮崎、鹿児島の両県で1.6倍〜2倍の店も=NBonline コラム08,4,23)。

 

6.成人識別自動販売機の導入をどう考えるか

 

 本来酒・たばこをいつでも誰でも買える自動販売機で売るべきでない(当然、対面販売で未成年者に売ることは考えられない)ことは、国際常識として扱われていますが、日本の政・官・業界のたばこ依存体質は収入が優先でした。かれらが自動販売機による販売を守るために開発した成人識別販売機が、未成年者に対するたばこ販売防止の決め手になるでしょうか。

未成年者がタスポカードを借りたり持ち出したりすることも、種子島等の試験的導入でわかっていますが、自動販売機だけに限れば、一般的に未成年者がたばこを買い難くなることは確かでしょう。財務省が自動販売機によるたばこ販売をここまで放置してきたのは、自動販売機でいつでも手軽にどこでも気軽にたばこを多く買わせたいこと、JTその他のメーカーにとっては商品管理がしやすく売りやすいこと、また小売業者は免許さえあれば,自動販賣機を置くだけで確実な収入が得られることなどだったでしょう。目先の便利さばかり求めた社会全体の責任もかんがえられます。条約という外圧の力が大きかったとしても、心身のたばこ依存患者を含めてたばこ勢力の強かった日本としては、健康増進法による禁煙場所が増えたことに次いで、自販機問題も何かが動き始めた一歩だったと見ることもできましょう。しかしこれだけではほんの始まりです。

 

7.次世代を守り、国民全体の健康のためにたばこ規制を

 

今回の識別機騒動で大人が自動販売機からコンビニに移っただけでなく、すでにコンビニで簡単にたばこを入手している未成年者は多くいます。未成年者への販売だけに限っても、「3」に紹介した3省庁連名の通達を直ちに実現する具体的な措置を実行することを、中央・地方の立法・行政に強く要請します。私たちが監視も強めることも必要でしょう。

学校禁煙化が進んで以来、生徒の喫煙は減る傾向にあります。吸いたくならない生活ができる環境を作り、自分や人を大切にする子どもを育てることが重要で、また健康教育の一環としての喫煙等予防教育を充実させることも必要です。青少年が好むスポーツやレースのスポンサーを含めて、広告や販売促進策は全面禁止が各国の合意です。

 今回の成人識別機を機会に,タスポカードを手に入れてまではたばこを吸いたくないという人が現れたら、成人の喫煙防止にも少々寄与するかもしれませんが、消費者である喫煙者へも大きな政策の説明責任を果たすべきでしょう。業界では早速自販機の深夜稼動を始めます。未成年者喫煙禁止法に縛られていない成人には、たばこを多く売り続けようとする方向は政府がはっきり否定すべきです。未成年者の喫煙を禁止するのは著しく健康を損なうからであって、その健康影響の大きさは成人も十分考えなければなりません。成人は大人としての自己判断力で吸うか、吸わないかを決めることができると言われます。しかし、たばこ使用はニコチン依存をもたらすので、喫煙者はたばこについてだけは自己判断力を発揮することができなくなるのです。

 財務省がたばこ税に対する依存症にかかっていて、たばこ販売を続けられるよう努力する業界と一体の動きをすることは,日本国憲法第25条に反し、WHOたばこ規制枠組条約の目的にも反しているといえましょう。

条約の目的は科学的にすでに明らかにされている、たばこの害から人々を守るため、各国がたばこ使用を減らしていくことです。日本政府として賛成、批准した以上、たばこ製造と販売を守る財務省の管轄下から、たばこ規制をぬきとり、国民の健康のためにたばこをコントロールを専ら計画し、行う部署を内閣府において強化することを、私たちは強く要請します。また社会がその方向に進むことに、私たちも力を尽くしたいと考えます。

 


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