日本禁煙推進医師歯科医師連盟では、学術発表と会員の情報交換の場として年1回学術総会 を開催しております。皆様のご参加をお待ちしております。日時等は改めてお知らせ致します。




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手術患者と喫煙 SURGERY AND SMOKING

 

Nancy McGowan, RN, MSN
(テキサス大学・サンアントニオ・ヘルスサイエンスセンター・看護学部・博士課程大学院生)
Seminars in Perioperative Nursing, 8(3): 146-154,1999.(「周術看護学研究」)

日本語訳:北海道深川市立病院内科医長 松崎道幸先生

タバコを吸う患者は、手術室ナースに新しい挑戦課題を投げかけています。タバコのさまざまな有害成分が肺や心臓に多くの深刻な影響をもたらします。 喫煙は創傷治癒も遅らせます。手術室のナースは喫煙がもたらす悪影響についてよく知っておくことが大切です。 手術治療の必要な患者さんが喫煙者であると、術前、術中、術後に多くのトラブルが起こります。 性別・年齢・人種を問わず喫煙が治療をさまたげる危険因子であることが注目されるようになりました。 喫煙は呼吸器合併症を増やし、創傷治癒を遅らせ、入院期間を延長させます。 喫煙は薬物依存症ですが、喫煙する人が多く、社会生活のさまざまな場面で喫煙が常識的なことと見られていたため、これまで喫煙による健康被害はあまり問題にされませんでした。 この論文の目的は、喫煙が手術患者に与える悪影響を解説し、手術患者にふりかかる喫煙のリスクを減らす上で手術室ナースが重要な役割を持っていることを示すことです。

【喫煙率】

米国では年間死者の5分の1つまり43万700人が喫煙によって死亡します。 肺ガンの87%、脳卒中死の18%、慢性閉塞性肺疾患の82%はタバコのせいです。 喫煙経験のある米国市民8990万人のうち、現在喫煙している者は4580万人、禁煙している者は4410万人です。 社会のどの階層をとってみても女性より男性の喫煙率が高く、平均1日喫煙本数は19.1本です。 1日1箱以上吸う男性高齢者の3人に1人は喫煙により死亡します。また高齢喫煙者は若い喫煙者よりも、タバコが体に悪いと思っていないという調査結果があります。 健康被害が少ないと思いこんで低タール・ニコチンタバコを吸うことは危険です。高齢の喫煙者多くは高ニコチンタバコを吸っています。 しかし低タール・ニコチンタバコを吸うことの多い若い喫煙者もまた深刻な健康被害を受ける危険があります。 タバコ産業は、低タール・低ニコチンタバコは害が少ないという社会通念を利用してきました。 事実低タール・ニコチンタバコがあることで、禁煙しない人が増え、喫煙関連疾患で死ぬ人がさらに増えている可能性があります。 低タール・ニコチンタバコのシェアは、1970年代のはじめに2%から55%に増えました。 これは喫煙の害が減るのではないかという期待と、これに乗じた低タールブランドの広告がさかんに行われたためでした。 米国の喫煙率は高いながらも少しずつ減ってきました。これは職場や公衆の集まる場所での喫煙が社会的に受け入れられなくなってきたことと、 さかんに行われた教育的キャンペーンにより喫煙の有害性が広く知られたためと考えられます。

【ニコチン】

タバコの煙には有毒アルカロイドのニコチンが含まれています。喫煙者が煙をたくさん吸い込めば吸い込むほどからだにニコチンが入ります。 ニコチンは肺から吸収されて、5分以内に脳や副腎髄質に取り込まれます。 ニコチンは肝臓、腎臓、肺で代謝されて、おもに腎臓から排泄されます。 ニコチンにはさまざまな有害作用があります。心拍数・心拍出量・血圧・冠血流量は増えます。心室性不整脈の発生閾値が下がり不整脈が出やすくなります。 こうした作用は交感神経緊張の際の症状と同じであり、ニコチンがカテコールアミン生成と血管運動中枢に働きかけることにより発生します。 ニコチンは心筋の酸素需要を増やしますが、酸素供給や血流量は増やしません。心筋梗塞の患者さんにとってニコチンは心筋を傷つけるように働きます。 詳しくは後で述べます。 ニコチンの重要な問題点は依存性にもあります。ニコチンは米国精神医学協会の薬物依存診断基準に合致した依存性薬物です。 O’brien氏 はこう語っています: 「米国では喫煙が予防可能な最大の死亡と障害の原因である。したがってニコチンは依存性薬物の中でもっとも重視すべき薬物である」。 ニコチン依存はきわめて治療がむずかしく、専門家の治療を受けたとしても、あらゆる薬物依存の中でもっとも治療成績が悪いのです。 喫煙者は、ニコチンで快感が得られるためとニコチン離脱症状(いわゆる禁断症状)のいやな思いを繰り返したくないためにタバコをやめられなくなると考えられます。

【一酸化炭素】

手術を受ける喫煙患者にとってタバコ煙中の一酸化炭素も大きな悪影響があります。一酸化炭素は臭いも味も色も刺激性もないガスです。 一酸化炭素の吸引量は、タバコの吸い方によって大きく違います。タバコを短くなるまで吸うほど一酸化炭素がたくさん入ってきます。パフの深さやタバコのタイプ(低タール・低ニコ チンかどうか)でも吸引量が変わります。 一酸化炭素はヘモグロビンと結びつきやすい性質があるために呼吸機能を大きく傷つけます。一酸化炭素と酸素はヘモグロビン分子の同じ場所に結合します。 酸素よりもずっと親和性の大きい一酸化炭素がたくさんヘモグロビンにくっついて体中に運ばれるようになります。 平均的な喫煙者では一酸化炭素ヘモグロビン濃度が15%になることもあります。 一酸化炭素によってひきおこされる酸素不足はさまざまな悪影響をもたらします。血管内皮の透過性が高まります。 また動脈の壁にコレステロールがたまりやすくなります。 血液に一酸化炭素がたまると、コレステロールが増えます。 喫煙者は非喫煙者より10~15%コレステロールレベルが高くなります。 最近喫煙者に狭心痛を起こす主犯はニコチンではなく一酸化炭素らしいことがわかってきました。 タバコの煙は手術を受ける必要のある患者の命をおびやかす危険な働きをします。 ニコチンは心臓に負荷をかけて酸素の消費量を増やしますが、一酸化炭素は逆に酸素を心臓に運ぶ能力を損ないます。 外科患者をケアするナースは喫煙が患者の心臓と肺の働きに大変な悪影響をもたらすことをしっかりと認識する必要があります。

【呼吸器への影響】

手術を受けた患者のもっとも多い死因は呼吸器合併症です。喫煙と慢性閉塞性肺疾患は術後の肺合併症リスクを増やす大きな要因です。 術後の呼吸器合併症の起こる率は、呼吸機能の正常な非喫煙者では1.6%ですが、呼吸機能が正常な喫煙者では4.7%(3倍)と増加します。 末梢気道機能に少しでも障害がある喫煙者ではこのリスクは16.5%(10倍)に増加します。 喫煙は術後の肺合併症のリスクを増やしますが、呼吸機能異常は特にリスクの高い患者を見つけるよい目印となります。 開胸術以外の手術では4~7%に術後肺合併症が起こることは避けられません。 この率は開腹術では倍増、喫煙者では3倍増、慢性肺疾患があれば4倍増となります。 術後数日間は手術操作と麻酔による低酸素と肺機能障害が続きます。術中の体位のせいで肺の働きがさらに悪くなる場合もあります。 たとえば仰向けでの手術の場合肺容量が減ります。麻酔薬の作用で呼吸筋の力が落ち、ガス交換が悪くなり、痰を出す働きが弱ります。 上腹部と胸部の手術では、ほかの部位の手術よりも呼吸機能の悪くなる度合いが大きく、上腹部手術後5~7日間呼吸機能の低下が続きます。 慢性気管支炎と肺気腫は喫煙で起きる代表的な肺の病気です。慢性気管支炎は痰がたくさん出て咳が止まらない病気です。 肺気腫は肺胞が壊れる病気です。喫煙者の肺の傷み方を見るいちばんよい検査は一秒率(FEV1)です。 喫煙者は吸う(フィルター付きであろうとなかろうと)タバコの種類に関わらずFEV1が急速に落ちます。 FEV1が小さい喫煙者では術後の大事な治療の一つである痰を出す能力が低いと予測できます。 喫煙する患者は術後の肺感染症のリスクがとても大きくなります。慢性気管支炎患者の83.3%は術後に感染を起こします。 しかし20箱・年(注:「箱・年」=1日喫煙箱数×喫煙年数)の喫煙者でも慢性気管支炎の症状や呼吸機能低下がない場合、術後感染率は20.8%となります。 それに対し肺の病気もなくタバコも吸わない者の術後感染率は7.1%にすぎません。 こうしてみると、喫煙もその結果として起きた病気(慢性気管支炎など)も開胸術後の感染のもっとも大変な危険因子であることは明らかです。 喫煙が咳反射を弱めることもよく知っておく必要があります。これは術後たいへん重要です。 麻酔の影響をなくし肺炎を予防するために、術後患者は咳をしなければなりません。 麻酔後肺の奥にたまった痰を外に出す役目をする繊毛の働きは、喫煙によって弱まります。 呼吸機能が正常でも、喫煙している者は咳によって痰を出す働きが弱っています。喫煙によって繊毛運動が損なわれているためです。 繊毛運動と咳反射が悪くなっていると、術後の感染予防にきわめて悪い影響を与えます。 喫煙は呼吸機能を大きく損ないます。呼吸機能のよしあしは、術前は呼吸機能検査で、術後は感染症の発病率で推し量ることができます。 したがって、臨床医は患者が手術室に入る前に患者の喫煙歴を充分に知っておくことが大切です。

【心血管系リスク】

喫煙が心臓病の大きなリスク因子であることは以前から知られています。 タバコ煙には、ふたつの重要な相反する作用があることを知っておく必要があります:(1)ニコチンによる心負荷および心筋酸素必要量増加作用、 (2)一酸化炭素による酸素運搬能低下作用。 これらの相反するふたつの働きによって喫煙者に心臓病がおきやすくなります。 喫煙が心臓病を起こすメカニズムはさまざまです。DempseyとMooreは喫煙量と頚動脈壁のプラーク肥厚度の関連を調べました。 その結果、年齢、高血圧・糖尿病歴を調整しても喫煙量および期間が増すほど頚動脈壁硬化が早まることがわかりました。 血圧はタバコ煙によって大きな影響を受けます。喫煙によって取り込まれたニコチンが血液中のカテコールアミンを増やすために血圧は上がります。

【冠状動脈バイパス移植術(CABG)と喫煙】

喫煙は心臓にさまざまな重大な影響を与えます。40才未満の若年者の心筋梗塞(AMI)の第一危険因子は喫煙です。 30才以上のヘビースモーカー男性は多枝病変のある患者や冠状動脈閉塞のある患者と同じ頻度で貫壁性心筋梗塞を起こします。 大きなAMIリスクを背負うこれらの若者にとって喫煙はもっとも減らすことのできる危険因子です。 喫煙量が多くなればなるほど、冠状動脈硬化が進み、冠状動脈プラークの破裂が起きやすくなります。 CABGを受けた患者では、喫煙のありなしがいちばんその後の寿命に影響します。 喫煙により移植された冠状動脈バイパスがふさがる危険が増すことが多くの報告で明らかにされています。 喫煙者は非喫煙者よりCABGの必要な急性症状が出やすくなっています。 喫煙者は非喫煙者や禁煙者より10年早く狭心症の症状が出ます。 また喫煙者は冠状動脈に不安定なプラークができやすく、急性の心筋虚血発作が起きやすくなっています。 また喫煙者は非喫煙者の2倍貫壁性心筋梗塞を起こしやすいこともわかっています。 CABGを受けた後も喫煙を止めない患者は、禁煙した患者に比べてバイパス閉塞のため再手術の危険が2.5倍高くなります。 また術後5年たっても喫煙を止めない場合、再手術の危険が非喫煙者の3.3倍に高まります。 非喫煙者と比べ、喫煙を止めない患者の再手術の危険は明らかに高まりますが、手術後禁煙した者の再手術リスクは、非喫煙者と大体同じレベルにとどまります。 喫煙を止めない患者にCABGを行うべきかどうかについて今なお論議が続いています。 ある調査によれば、喫煙者の方が非喫煙者より虚血性心疾患にかかりやすいにもかかわらず、喫煙を止めない患者のCABG施行率は禁煙患者よりも低くなっています。 喫煙を止めない患者がCABGを受けても無駄だと判断されるため喫煙者のCABG施行率が低くなると考えられます。 また禁煙させる手段として、禁煙するまで手術しない方針をとっていることも影響していると思われます。 Shelley氏はこの問題に対して次のように名答を寄せています。「患者がタバコを止めないからといって必要な治療をしないのは倫理に反する。 患者の社会的な地位や振る舞いを理由にして治療するしないを決める権利は臨床医にはない。 限られた医療サービスをどのように振り分けるかは、その治療による利益とリスクをしっかりした証拠に基づいて検討した上で決められるべきである」。

【血小板凝集】

喫煙は手術を受けた患者の凝固メカニズムに大きな影響を与えます。喫煙による影響は以下のとおりです: (1)血小板活性化システムが変調を来す、(2)内皮下水腫により血管内皮細胞が傷害される、 (3)コラーゲンと平滑筋細胞の増殖と肥大によって冠状動脈、腎細動脈壁が肥厚する、(4)動脈壁の弾力性が低下する。 血管傷害の主役はニコチンと一酸化炭素ヘモグロビンです。喫煙によって内皮細胞が傷つけられると、そこに血小板が付着し、脂質が入り込み、動脈硬化が進みます。 喫煙者はコレステロール、中性脂肪、VLDL、LDLが増加しています。 Lassila氏は、喫煙が血小板-血管壁の相互作用をコントロールする鍵となる因子と共存すると、血栓がとてもできやすくなることを明らかにしました。 その因子とは血小板とそれをとりまく血液の環境です。喫煙は直接あるいは動脈壁への作用を介して間接的に血小板を活性化させます。 喫煙は末梢動脈閉塞症を引き起こすもっとも大きな危険因子であることが明らかにされています。 術後もタバコを止めない患者の動脈再建術後の開存率は、非喫煙者あるいは禁煙者の3分の1~4分の1です。 喫煙によってカテコールアミンがたくさん作られるため、交感神経系の調節が狂い、下肢の動脈が収縮しやすくなり、血管拡張剤の効きが悪くなります。

【喫煙と創傷治癒】

喫煙によって創傷治癒が障害される典型例は形成外科と顕微外科の領域にみることができます。 特に顔面整形、腹壁再建、乳房切除皮弁などの皮弁移植術の場合に問題となります。 組織の血流は、交感神経中枢および局所中枢あるいは自働調節系からの命令でコントロールされます。 皮下組織には交感神経がもっとも高密度に分布しており、アルファ受容体の活性化によって組織血流が制御されています。 またこうした組織は自動調節能も持っています。 皮弁組織はタバコ煙に含まれるニコチンの血管収縮作用にとても反応しやすくなっています。 喫煙者の血液には酸素よりも一酸化炭素の方が多く含まれているため、傷を直すために必要な酸素がとても不足します。 傷の「つき」を決めるのはコラーゲン量です。血流と酸素があればあるほどこのタンパク質が皮下の創傷部にたくさん作られます。 喫煙のあるなしが創傷組織のコラーゲン産生にどれほどひびくかをボランティアを用いて実験したところ、喫煙者では皮下組織のコラーゲン生成が少なく、創傷治癒が遅れることが明らかになりました。 コラーゲンが不足すると、傷口が開きやすくなり、手術創面切除が必要となる場合もあります。 喫煙は骨にも悪い影響を与えます。喫煙者は、ライフスタイルや遺伝素因にかかわらず明らかに脊椎疾患、腰痛症、椎間板変性にかかりやすいことがわかっています。 タバコ煙には(1)骨のカルシウム濃度を減らし骨粗しょう症になりやすくする、(2)骨の内部の血流を減らす、(3)造骨細胞の活動を抑える、などの働きのある成分が含まれています。 このため喫煙者の脊椎固定術の成功率は非喫煙者に比べて悪くなっています。

【手術患者と禁煙】

禁煙は手術の成功と順調な回復にとても役立ちます。手術前に禁煙すると、多くの望ましい効果が得られます。 術後の喀痰排出は、気管支の繊毛運動が活発だととてもうまくいきます。 禁煙して4~6週間たつと細くなっていた細気管支が広がります。禁煙すると術後の鎮痛剤投与も減らすことができます。 タバコを吸うと痛みに敏感になることがわかっています。ですから禁煙すると患者の痛みの訴え方が少なくなるはずです。 しかし喫煙はとても依存性の高い行為なので、止めるのがとても大変です。禁煙は時間と費用のかかる困難な事業なのです。 禁煙法には自助法と援助法のふたつがあります。 自助法は「断煙法(訳注:原文はコールドターキー法。麻薬を一度に完全に絶つと離脱症状のため鳥肌が出ることによる)」というアプローチで行います。この方 法でも多くの援助を行いますが、あくまでも患者が主役となって禁煙に挑戦します。 援助法では禁煙クリニック受診、催眠剤、鍼治療、ニコチンガム、ニコチンパッチなどさまざまな手法がとられます。 (禁煙についての喫煙者の意識を無関心期、関心期にわけると)関心期にある喫煙者はそうでない喫煙者の2.5倍禁煙成功に自信を持っています。 また50才以上の喫煙者は50才未満の喫煙者よりも禁煙挑戦歴が少ないことがわかっています。 手術の必要な患者は術前に禁煙することがとても大事です。たとえ手術前の禁煙期 間が短くとも、喫煙によって損なわれていた心臓や肺の働きは大きく回復します。 術後の回復期まで続く禁煙の経験は、患者にとってもナースにとっても、この「強制的」禁煙が無事な回復と健康のために非常に役に立つ大切なことだということを改めて銘記するとてもよい機会となります。 残念なことに禁煙成功率は高くありません。禁煙してもまたたく間に元の喫煙量に戻ることが多いのです。 「自分の意志だけで断煙した人」の完全禁煙率は、2日目で33%、7日目で24%、1カ月目で19%、3カ月目で11%、6カ月目で8%となっていました]。 喫煙者がすすんで禁煙する事を阻むもう一つの理由は、医師や看護スタッフが禁煙推進に意欲を示さないことです。 手術室のナースも麻酔科スタッフも喫煙をそれほど悪いことではないと誤解していることが多いようです。術前に禁煙するよう指導する麻酔科医はあまりいません。 手術室にはいる直前までタバコを吸っているヘビースモーカーもしばしば目撃されるほどです。 禁煙後ニコチンの影響が消えるまでに12時間かかると言われています。 禁煙の効果を最大限引き出すためには、合併症の発生率が非喫煙者と同じレベルになる8週間の禁煙が必要と考えられます。 要するに、少しの間休煙するのではなく、ずっと禁煙するよう指導する必要があるということです。 禁煙指導を阻むもう一つの問題は、メディケア(訳注:米国の65才以上を対象とした健康保険制度)ではニコチンパッチの費用をみないことです。 これは喫煙が米国の最大の健康問題であるとの厚生長官声明に反しています。 多くのナースが手術患者の喫煙はよくないと思っていても、手術前に禁煙をするように、そしてこれを機会にずっと禁煙するよう患者に指導するための資料や時間が不足していることが多いのが現状です。 術前禁煙は、永久禁煙を勧める絶好の機会をナースに提供します。 ニコチンパッチ、鍼、催眠剤でも禁煙できない高度のニコチン依存症患者の場合、入院治療が必要かもしれません。 メイヨー・クリニックの臨床研究センターでは、完全禁煙の病院の中で行動療法とニコチン代償療法を組み合わせた薬物依存治療を行っています。 その入院患者の平均喫煙期間は33.7年、平均1日喫煙本数は33.2本でした。対象患者はCOPDと虚血性心疾患です。 2週間の入院で2人をのぞいて禁煙に成功し、10週間外来でケアを行いました。1年後29%が完全禁煙を続けていました。 手術を受ける患者にとって禁煙は決定的に大事です。手術が終わって退院した喫煙者の再入院率は非喫煙者より高くなっています。 これは喫煙による呼吸機能の低下が続いているためと考えられます。 冠状動脈バイパス術の主な目的は狭心痛で苦しむことのない人生をおくることにあ ります。退役軍人調査によれば、CABG後に禁煙した者の80%は狭心症なしの人生をおくっていました。 また生活の質も向上していました。禁煙した人のほとんどは手術日までに「断煙法」で禁煙していました。 これらの人すべては禁煙をなしとげる上で医師とナースに大きな援助を受けたと語っていました。 この研究の採用した禁煙手段は、医師とナースからのアドバイス、嫌悪療法、自律訓練、薬物療法、自助法でした。 しかし退院後これらの患者が禁煙を続けるのはたいへん努力のいることです。 心臓手術は禁煙を実行させる大きな動機となりますが、どのような患者が術後半年あるい は1年間と長く禁煙を続けられるかはあまりわかっていません。 Rigotti、McKool、Shiffmanは、冠状動脈バイパス術の前に禁煙を実行した患者は、禁煙に挑戦する経験は少ないにもかかわらず、禁煙を成功させようとする意志が強いと報告しました。 このような特性をもとに、退院後禁煙を続けるための援助が必要と思われる患者を選ぶことができます。 退院後禁煙に失敗する危険のある患者には、禁煙の動機付けと自信を高め、ニコチン離脱症状の克服に重点をおいた働きかけを行う必要があります。 禁煙をずっと続けるよう励ますことは、とても多くのよい結果を生み出します。第一に狭心症に苦しまない快適な人生をおくることができます。 第二に別の手術がずっと安全に受けられるからだになります。 タバコを吸う患者さんが提起する問題に気づくことは、その患者さんの入院生活の内容を充実させる上でとても役に立ちます。 手術室のナースは、手術をひかえた患者さんにとりあえず禁煙しできるなら永久に禁煙することを勧めることのできるとても有利な立場にあります。 手術前に一時的に禁煙するだけでも、手術が無事に成功して順調に回復するうえでとてもよい効果があります。 永久禁煙に踏み切ることで、患者さんの退院後の生活の質がとてもよくなります。 手術室のナースはタバコを吸う患者さんに対していつでも必要な禁煙指導ができるよう心がけておくことが大切です(表1)

 

表1 タバコを吸う患者に対する手術室ナース11の心得
 
手術前 手術中 手術後
・1日喫煙本数と喫煙年数をたずねる
・呼吸機能とくに1秒率を知る
・肺を聴診して呼吸音異常をチェックする
・動脈血ガス成績と酸素飽和度を確認する
・禁煙を勧める
・手術中の体位を確認する
・喫煙による気道機能障害を念頭におく
・早期離床を勧めるる
・咳と深呼吸を積極的に行わせるる
・人工呼吸が必要となる場合もあることを理解してもらうる
・禁煙が続くようサポートを続ける